Lahの部屋

落書き帳です。見たい人は見てください。

【化学】化学結合論の本質(part 2)

前回のあらすじ

 化学結合の主役は電子の波だ。しかし、電子を語るにはシュレディンガー方程式を避けては通れないのだった…。

 

三次元極座標

 前回のシュレディンガー方程式の一般解をお伝えする前に、三次元極座標の説明をする必要があった。よく使われる三次元直交座標で電子軌道を記述することも可能なのだが、原子核の位置を極とした極座標で記述するとより便利である。

 直交座標(デカルト座標)で三次元を記述するとき、各点は変数の組  (x,y,z) で表される。これに対し、極座標では代わりに  (r, \theta, \phi ) を用いて座標を指定する。

 表したい点をPとすると、 r は原点からの距離OP、 \theta は動径(x軸)と直線OPとがなす角(  0 \le \theta \lt 2\pi )、 \phi はz軸とOPとがなす角(  0 \le \theta \lt \pi )だ。地球で例えるなら、 \theta が経度、 \phi が緯度に対応する。これによって直交座標と同じように、ときにはより簡便に、座標を表すことができる。

 

 例えば、半径1の球面を表現するためにはデカルト座標では  x^2 + y^2 + z^2 = 1 と記述しなくちゃいけないのに、三次元極座標なら  r = 1 だけで事足りる。うれしいね。

 

波動関数

 準備は整った。

 前回書いたシュレディンガー方程式の一般解、すなわち、あのシュレディンガー方程式を満たす関数  \Psi の一般式は以下のように書ける。式の中身が複雑なので、お茶を濁すような書き方をする (※注1 )。\begin{align} \Psi_{n, l, m} (r, \theta, \phi) = R_{n, l}(r) Y_{l, m} (\theta, \phi) \end{align} なお、 \begin{align} &n = 1, 2, 3, \cdots  \\\ &l = 0, 1, 2, \cdots , ( n - 2 ), (n-1) \\\ &m = - l, - (l - 1), - (l - 2), \cdots , (l - 2), (l - 1), l \end{align}である。

  R は動径関数、 Y は球面調和関数という(球面調和関数は英語でspherical harmonicsといいます。かっこいいね。)。ここで重要なのは、波動関数  \Psi の一般式が  r の関数と  (θ, φ) の関数との積で書けるという点だ。

 そして、式に現れている  n, m, l は量子数と呼ばれる数である。関数についている  n, m, l の添字は、それらの値が定数として入っているということを表している。上で示した式は  \Psi の一般式であるから、具体的な量子数の組  (n, m, l) を指定することで初めて波動関数が定まる。 n を主量子数、 l を方位量子数、 m を磁気量子数と呼ぶ。

  n, m, l の値の範囲にも注目したい。 n は1以上の自然数 l 0 以上  n 未満の整数、 m は絶対値が  l 以下の整数を、それぞれとる。

 特に、方位量子数  l は軌道の呼称と形状に大きく関わる。 l = 0, 1, 2, \cdots であるような軌道をそれぞれ s軌道、p軌道、d軌道、•••と呼ぶ。特定の軌道に言及するときには、主量子数も合わせて呼ぶのが一般的だ。例えば、 n=2, l=1 の軌道であれば " 2p軌道 " と呼ばれる。

 

 もうすこし数式を見る余裕がある方には、ちょっとここで、波動関数  \Psi(r, \theta, \phi) の大事な性質もお伝えしておきたい。

  \left| \Psi(r, \theta, \phi) \right| ^2 は位置  (r, \theta, \phi) における電子の存在確率密度を表す。確率密度とは確率を体積で割ったみたいなものである。したがって、三次元空間の特定の範囲で積分することによって、その範囲での存在確率が求められる。この  \left| \Psi(r, \theta, \phi) \right| ^2 を全空間  V の範囲で積分すると1になる。なぜなら、ある波動関数でかける状態をもった電子は全空間内のどこかに必ず(確率1で)存在するはずだからである。つまり、式で書くと以下。\begin{align} \int\mspace{-11mu}\int\mspace{-11mu}\int _{V} \left| \Psi(r, \theta, \phi) \right| ^2 dxdydz = 1 \end{align}

電子軌道の形状

 では、前章で述べた量子数  n, l, m に具体的な値を入れた波動関数の図、つまり電子軌道の形 (※注2) をいくつか見ていく。波動関数が正になるところは赤色で、負になるところは青色で図示してある。

 

 1s軌道( n=1, l=0, m=0

 2s軌道( n=2, l=0, m=0

 2p軌道3つ( n=2, l=1, m=0,\pm 1

 電子軌道はこんな感じの形状をしている。

 次回は、これら電子軌道からどのように原子が構成されているかを見ていく。

 

 以降はコラム的なパートです。

 

電子軌道とは何か(余談)

 ここまで、「電子軌道」というワードを特に説明なしに使ってきた。ここらで一度、認識を明確にしておきたい。

 軌道と言うと物体が描く軌跡のようなものをイメージする方がいるかもしれない。しかし、化学における「電子軌道」とは、いわば電子の波がとりうる状態のことである。その状態を記述するための関数が波動関数である。

 また、ある電子が実際にその状態をとるようになることを「軌道に電子が入る」という。これに限らず、化学では「モノAが状態Bになる」という事実を「AがBに収容される」というイメージないしアナロジーで述べることが多い。

 なお、原子内における電子の軌道のことを特に「原子軌道」と呼ぶ。なので本記事では「原子軌道」と呼んでもよかったが、誤解を与えそうなのでやめた。

 

※注釈1(水素様原子における  \Psi(r, \theta, \phi ) の一般式)

 本編では波動関数を以下のように表記してお茶を濁した。\begin{align} \Psi(r, \theta, \phi) = R_{n, l}(r) Y_{l, m} (\theta, \phi) \end{align}  式の形はどこかに載せておくべきだと思うので、目立たないようにここに書いておく。この動径関数の部分の一般式はこのように書ける。\begin{align} R_{n, l}(r) = \sqrt {{\left (  \frac{2}{n a_0} \right )}^3\frac{(n-\ell-1)!}{2n[(n+\ell)!]} } e^{- r/na_0} \left(\frac{2r}{na_0}\right)^{\ell} L_{n-\ell-1}^{2\ell+1}\left(\frac{2r}{na_0}\right) \end{align} ただし、 L はラゲール多項式である。

 球面調和関数と呼ばれる Y_{l, m}の部分の一般式は以下である。\begin{align} Y_{l, m} (\theta, \phi) = \sqrt{ \frac{2k+1}{4\pi}\frac{(l-|m|)!}{(l+|m|)!} \,}\,P_k^{|m|}(\cos\theta)\,e^{im\phi} \end{align} ただし、 Pルジャンドル多項式である。

 本編で式の中身を書かなかった理由を察していただけたと思う。

 

※注釈2(原子軌道の図)

 この「軌道の図」は量子化学において少し奇妙な存在だ。下の記事で軽く考察した。

lah-3fr.hatenablog.com