Lahの部屋

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【化学】「原子軌道の図」の謎

 下のようなものが、しばしば原子軌道(電子軌道)の図として描かれる。化学科大学生は「これが軌道の図ですよ〜」と教わっているのではないだろうか。

 これは一体何なのだ?というのが本記事の問題意識である。

 

概要

 まずはじめに。これは波動関数の表示ではない。そもそも波動関数  \Psi(r, \theta, \phi) は三変数関数であるため、普通の方法では三次元空間に描画できないはずである。

 また、波動関数が正の値をとる領域を赤色で、負の値をとる領域を青色で、それぞれ塗っているのでもない。もしそうなら、無限遠方にまで色がついていなくてはならないからだ。ボールのように明確な境界をもっているのはおかしい。

 この問題について最近改めて考えたので、軽く記録を残しておく。

 

説A

 この図は「電子の存在確率密度に関する等確率密度面に、対応する位置の波動関数の符号に応じて色をつけたもの」である、という見方。

 等確率密度面は、電子の確率密度の等しい点を集合させて等高線のように描画した面である。電子分布を綺麗に表すのにしばしば用いられる。ただし、等確率密度面には符号がない。そのため、そこに波動関数の符号を付与することで、冒頭のような図になる、というわけだ。

説Aへの反論

 尤もらしい見方だが、困った点がある。確率密度は波動関数の絶対値の二乗をとったものである。その確率密度分布から形成した等確率密度面に対して、もとの波動関数から符号のみを抽出して面に「塗布」する、という操作はいささか不自然ではないだろうか。

 すくなくとも、単に「これが電子軌道です」と提示できる程度に必然性のある操作ではないと思う。

 

説B

 この図は「球面調和関数の三次元的表現」である、という見方。

 そもそも冒頭の図が書かれるときには主に電子軌道の大きさと符号をおおまかに捉えることに関心が向くのであって、詳細な数値には注目されない。そこで、波動関数の符号部分を司っている球面調和関数を描画したものが冒頭の図なのではないか、というわけだ。

 球面調和関数を三次元極座標で図示すると、すごくそれっぽい図になる。具体的には,

\begin{align} r = Y_{l, m} (\theta, \phi) \end{align}

のグラフを書くということ(rが負の部分は絶対値で描画し、色を変えることで表現している)。Wikipediaに綺麗な図があるので見てほしい。

ja.wikipedia.org

 

説Bへの反論

 これは良い視点だと思ったのだが、腑に落ちない点がある。 n=2 以降の軌道が同様の図で示されることがあるのだ。たとえば、1p軌道からさらに節の数が増えた2p軌道が、同様の図式で描かれることがあるのだ。

 1p軌道を2p軌道にしたことによって節の数が増えるのは、紛れもなく動径関数が変化するからである。球面調和関数のみを描画しているとしたら、2p軌道を書いたからといって1p軌道よりも節が増えるということはないはずだ。おかしい。

 

まとめ

 意外と難しい問題なのかもしれない。とはいえ、これ以上思い悩む意義も感じない。どなたか、考えがあれば教えてください。おわり。